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札幌地方裁判所 昭和42年(行ウ)22号 判決

原告 札幌丸三商興株式会社

被告 札幌中税務署長

訴訟代理人 斉藤祐三 外三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

I  原告

一、被告が昭和四二年一月二五日付で原告に対してなした譲渡担保権者に対する告知処分ならびに同年二月一一日別紙目録記載の不動産についてなした差押処分はいずれもこれを取消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

II  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

I  原告の請求原因

一、被告は原告に対し昭和四二年一月二五日、訴外北濤地建株式会社(以下訴外会社という。)の法人税、源泉所得税等の滞納額合計金二、六〇七、四三三円(納期限昭和四〇年五月三一日)につき別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という。)からこれを徴収する旨、国税徴収法第二四条第一、二項の規定により告知処分をし、更に同年二月一一日、同条三項の規定により差押処分をした(以下それぞれ本件告知処分、本件差押処分という)。

二、しかしながら本件告知処分および差押処分はいずれも違法であるので、原告は本訴においてその取消を求める。

II  請求原因に対する被告の答弁請求原因一の事実は認める。

III  被告の主張

一、訴外会社は請求原因記載の租税債務を滞納していたが、同会社は昭和四一年七月一一日、原告に対する同年六月三〇日現在の借入金債務金一、七七〇、〇〇〇円の担保として、同会社所有の本件不動産を原告に譲渡する旨の契約を締結した。

一方被告は、本件不動産を除いて訴外会社に資力がないため、国税徴収法第二四条第一、二項により譲渡担保権者たる原告に対し本件告知処分をし、更に同条第三項により滞納処分たるたる本件差押処分をした。

二、従つて本件告知処分および差押処分は何等違法ではない。

IV  被管の主張に対する原告の答弁および抗弁

一、被告の主張一の事実は認める。

二、本件不動産は、本件告知処分のなされた当時には次のとおり確定的に原告の所有に帰していたもので、譲渡担保財産ではなかつたのであるから、本件告知処分および差押処分は違法である。

(一) 原告は昭和四一年一〇月訴外会社との間に、前記金一、七七〇、〇〇〇円の貸金債権およびその未払利息の支払いに代えて本件不動産を譲受ける旨約した。

(二) 仮りに右事実が認められないとしても、原告はその頃訴外会社に対し、右債権の支払いに代えて本件不動産を譲受けたい旨申込み、訴外会社において昭和四二年一月一六日郵便で右申込みを承諾する旨の意思表示をし、右郵便は同月一七日原告に到達した。

(三) 原告は、被告主張の譲渡担保契約を締結した際、売買を原因として本件不動産について所有権移転登記をえている。

(四) 従つて原告は、昭和四一年一〇月もしくは同四二年一月一七日に本件不動産の所有権を代物弁済により取得した。

V 抗弁に対する被告の答弁および再抗弁

一、抗弁(三)の事実は認め、その余の事実は否認する。

二、仮りに原告と訴外会社本件不動産についての代物弁済契約が認められるとしても、右契約は公序良俗に反するので民法第九〇条により無効というべきである。すなわち

(一) 訴外会社は、前記金一、七七〇、〇〇〇円の債務について昭和四一年七月二六日金二〇〇、〇〇〇円・同年八月四日金五〇〇、〇〇〇円、同月二二日金二七〇、〇〇〇円・同月二五日金一六六、九〇〇円、同月三一日金二〇〇、〇〇〇円合計金一、三三六、九〇〇円を支払つた。従つて原告が代物弁済によつて本件不動産を取得したと主張する昭和四一年一〇月もしくは同四二年一月当時における債務額は利息制限法超過利息を加えても、金五〇〇、〇〇〇円程度に過ぎなかつた。

しかるに本件不動産は、訴外会社が昭和四〇年一二月頃第三者より取得したものであるが、訴外会社は本件不動産のうち建物については坪当り金六〇、〇〇〇ないし金六五、〇〇〇円で、土地については坪当り金九、〇〇〇円ないし金九、七〇〇円で分譲す予定であつたもので、本件不動産の昭和四一年七月当時の価格は合計金七、二六七、四三七円であつた。

以上のように、原告主張の代物弁済契約は、その目的物の価格と債権額との間に著しい不均衡が存し、債権者のみに暴利を与えるものであるから公序良俗に反し無効である。

(二) なお原告は、訴外会社が昭和四一年七月一一日原告から更に金一、五〇〇、〇〇〇円を借受け、前記合計金一、三三六、九〇〇円の弁済は右貸借につきなされたものと主張するが、訴外会社が借受けたのは金1、三〇〇、〇〇〇円であり、弁済期の定めがなく、また訴外会社および原告は右弁済の際に、それを前記金一、七七〇、〇〇〇円と右金一、三〇〇、〇〇〇円のいずれの貸金に充当するかにつき何等の意志表示もしなかつた。従つて右弁済金は、当然先に発生し、弁済期も先に到来して元本も多額であるために訴外会社にとつて弁済の利益の多い、前記一、七七〇、〇〇〇円の貸金の弁済に充当されたというべきである。

更に原告は昭和四二年三月二二日右動産を右金一、三〇〇、〇〇〇円の債権の支払いに代えて訴外会社所有の総額時価数百万円の有体動産一〇五点を譲り受けたので、訴外会社の右債務は消滅した。

VI  再抗弁に対する原告の答弁

原告が訴外会社より、被告主張のとおり合計金一、三三六、九〇〇円の弁済を受けた事実は認めるが、右弁済は、原告が昭和四一年七月一一日訴外会社に貸渡した金一、五〇〇、〇〇〇円の弁済に充当されたものである。すなわち、前記貸金一、七七〇、〇〇〇円の弁済期は昭和四一年八月三一日であり、これに対し右貸金1、五〇〇、〇〇〇円の弁済期は同年八月七日であつたこと、原告は右弁済を受ける時に、それは右貸金一、五〇〇、〇〇〇円に充当する旨訴外会社に伝え、訴外会社もこれを了解していたものである。なお、右金一、五〇〇、〇〇〇円の貸金について訴外会社より有体動産を譲渡担保として譲り受けたが、それは原告の主張の如き高額ではなく、その価額は金二三〇、〇〇〇円であつた。

本件不動産の価額の総額が七、二六七、四三七円であるとの原告の主張は否認する。このことは被告が、訴外会社の滞納税額二、六〇七、四三三円にすぎないのに、本件不動産すべてについて本件告知処分ならびに差押処分をしていることからも明らかである。よつて原告の、本件代物弁済契約が公序良俗に反し無効であるとの主張は理由がない。

第三証拠〈省略〉

理由

一、訴外会社が納期限を昭和四〇年五月三一日とする法人税、源泉所得税等合計二、六〇七、四三三円の租税債務を滞納していたこと、同会社は昭和四一年七月一一日、原告に対する同年六月三〇日現在の借入金債務金一、七七〇、〇〇〇円の担保として、同会社所有の本件不動産を原告に譲渡する旨を約したこと、被告は本件不動産を除いて訴外会社に資力がないため、右租税債権を譲渡担保財産である本件不動産から徴収することとして譲渡担保権者である原告に対し本件告知処分をし、更に本件差押処分をしたことはいずれも当事者間に争がない。

二、そこで原告が主張する代物弁済契約の成立について判断する。

(一)  先ず昭和四一年一〇月頃本件不動産につき代物弁済契約が締結されたことを認めるべき証拠は存しない。

(二)  次に昭和四二年一月一七日に本件不動産について代物弁済契約が締結されたか否かにつき検討する。

〈証拠省略〉には、訴外会社代表取締役反町久平が昭和四一年一一月頃原告に対し、本件不動産を、前記一、七七〇、〇〇〇円の貸金債務およびその利息金の支払いに代えて譲渡したい旨申込み、これに対し原告は、昭和四二年一月一〇日頃右申込みを承諾する旨の意思表示をなし、結局その頃本件不動産をもつて右債権の代物弁済とする旨の約定が成立したが、その際原告の担当者細江恵三において前記反町久平に対し、右約定を証するために原告代表者宛の内容証明郵便をもつてしてもらいたい旨を伝えたとの部分が存し、〈証拠省略〉(訴外会社代表者より原告代表者へ宛てた手紙)には、前記金一、七七〇、〇〇〇円の支払いにつき、「昨年十月上旬と思いますが、細井氏にもお伝い申上げましたが担保物件にて御容謝願いませんでしようか」との記載がある。しかしながら〈証拠省略〉によれば、原告は金融業と不動産業を営む会社であるが、その金融に関する業務は殆んど右細江が処理していたことが認められ、前記昭和四二年一月一〇日頃代物弁済契約が締結されたのであれば、その際に右細江において原告の代理人として契約書を作成すれば足りたのに、本件についてのみ、原告代表者に対する郵便というような方法でもつて意思表示をしなければならなかつた事情は窺えないし、更に〈証拠省略〉によれば原告は従来訴外会社より貸金の担保を取得する際にはそれを証するために契約書あるいは公正証書を作成していることが認められるのに照せば、契約書あるいは公正証書を作成せずに、内容証明郵便で契約を証するということはいかにも不自然であつて、〈証拠省略〉は右の諸事情および〈証拠省略〉と対比するときは直ちに措信し難い。また〈証拠省略〉によれば、訴外会社が昭和四一年一〇月上旬頃に、右金一、七七〇、〇〇〇円の債務を担保物件で決済してほしい旨を原告に依頼したことは窺われるが、〈証拠省略〉によれば、昭和四一年七月一一日に締結された譲渡担保契約は、訴外会社に履行遅滞があつた場合には原告において本件不動産を任意に処分し、その売得金を被担保債権に充当し、売得金に残余があればそれを訴外会社に返還し、なお不足があれば訴外会社に請求することが出来るという処分清算型の譲渡担保契約であつたことが認められ、右事実に〈証拠省略〉を総合すれば、前記「担保物件にて」との趣旨は、訴外会社より原告に対し、右譲渡担保契約に基づき処分清算手続をしてくれるよう依頼したものと認めるのが相当である。従つて〈証拠省略〉も原告の主張を認めるに足りない。

他に原告の主張事実を認めるに足る証拠はない。

三、以上のとおり、原告の、本件告知処分前に本件不動産を代物弁済により取得したとの主張はいずれも採用できず、前記当事者間に争のない事実によれば、本件告知処分は、譲渡担保財産である本件不動産について、その権利者である原告に対してなされた適法なものというべきであり、従つて原告の本件告知処分の取消を求める請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

四、また原告は本件差押処分も違法であると主張するが、弁論の全趣旨によれば、その理由とするところは、本件告知処分は本件不動産が代物弁済により確定的に原告の所有に帰した後になされた点で違法であり、そうである以上本件差押処分も違法な処分であるというものと解されるところ、第二次納税義務を具体的に確定する告知処分と、第二次納税義務者に対する滞納処分とは、別個の法律的効果の発生を目的とするそれぞれ独立した行為というべきであるし、執行手続においては、執行の迅速と能率的な運営に資するため、法は執行機関に実体的権利関係を判定することからの解放をはかつて、そのような構造を与えており、このことは私債権に基づく強制執行の場合と租税債権に基づく滞納処分の場合とで異なるところはないものと解されるから、納税義務を具体的に確定する観念的形成である告知処分の瑕疵を理由に、執行機関による事実的形成である差押処分の違法を主張することは許されないというべきである。もし滞納処分の取消訴訟において賦課処分の違法をも主張することができるとすれば、賦課処分については出訴期間を経過し、もはや争いえなくなつた後において、再びその違法を主張することができる場合が生じ、賦課処分について不服申立の前置を要することとし、出訴期間を制限したことが無意味となるであろう。従つて原告の右主張はそれ自体失当であり採用できない。なお、本件においては、先行行為である告知処分が適法になされたことは前示のとおりであるから、その瑕疵を理由に本件差押処分が違法であるとの右原告の主張はその前提を欠くものというべきである。そして前記当事者間に争がない事実および弁論の全趣旨によれば、本件差押処分も適法になされたものであることが認められる。従つて、原告の本件差押処分の取消しを求める請求も理由がない。

五、よつて原告の本件請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松原直幹 浜崎恭生 吉原耕平)

物件目録〈省略〉

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